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新譜を何度か聴いていて見つけた新たな発見を書き留めておきます。
深淵では、ラストのギターソロダビングで、どうやら「人間ディレイ」をやっているようです。 楽曲エンドでのギターソロダビングはこれまでのアルバムでもよくありました。たとえば黒猫・阿片窟の男・東洋の魔女・どっとはらい、etc。これら過去のソロダビングでは右と左でぜんぜん違うフレーズを弾いていたのですが、深淵においてはLRほぼ同じフレーズを2拍ずれで弾いています。 これを一聴したときは、コピぺして開始位置をずらすことで輪唱効果というかディレイ効果を得ているんだろうなと思ったのですが、フレーズエンドのつじつまが両チャンネルともキッチリそろっているところを見ると、どうやらそうではなく、個別に録音したものだと推測できます。 ソロ開始 →2拍ずれ →エンド同時 技術的にやっていることは上述に過ぎませんが、これを実際やるとなると目がうつろになるほど難しい。少なくとも、私が体験した今までの収録物では(人間椅子以外でも)聴いたことがないな……。なにせ、ひとたび創って弾いたソロを、2拍ずれの、もうひとつのれっきとしたソロフレーズとしても成立させているのだから(常識的に考えれば、2拍もずれればフレーズは普通崩壊する)。 アイデアを実現できる技術と精神に思わず敬服してしまいます。この人間ディレイ技術は、リフをバックにソロを弾く、という人間椅子独自のスタイルだからこそ崩壊せずに2拍ずれソロフレーズが成立しうるわけで、ケーデンスが希薄な独自スタイルを有用に活用しきったアイデアだともいえます。 また、これをうっかりまねしようにもそうとう時間がかかるだろうし、考えただけで頭が混乱しそうであります。なんとも苦行に近いというか……(せっかくがんばってもライブで再現できないわけだし……)。 もっとも、苦行こそが深淵の、いやこのアルバムのコンセプトなのかもしれませんけれど。まさに、説得力を裏付けるプログレッシブギターダビングといえましょう!
1回目聴き終えた感想です。
あくまで個人的な感想ですが、今回のアルバムはとりたてて新たな発見がなくて残念だった。人間椅子の新譜を聴くたびに、いつもハッとする語句やハッとする音楽的な手法をいくつか発見できていたのだが、今回は20周年という節目ということもあってか、基本的に過去の手法を踏襲した形だと感じた。 音響的にも然りで、過去2作と同じ造り。特に前回はあまりの音質の良さにうろこが落ちただけに、新譜ならではという発見は無かった。もっとも、スタジオ録音においてはすでに完成の域に達してしまっているせいかもしれないけどね。 楽曲面については、全体的にストレートな進行で、エグさ控えめに感じた。過去2作を聴いて、今後徐々にクリムゾン化の道を辿るだろうと予想してただけに、これは意外であり、同時に肩透かしの印象だ。でもアルバム毎での作風の変化はよくあったことだから、これはあくまでも人間椅子にとっては一過性の現象であるに違いない。 私が個人的に人間椅子に期待しているのは、リフや構成のエグさであったり、ロックっぽくない珍妙な和声だったりする。なぜなら、エグいリフとか曲構成には、そこに新たな発見があるから。反して新譜では、そういう意味での人間椅子らしさを一旦打破して、ストレートで素直な作風に帰着したように思えた。それゆえに、奏法的にもおちゃらけた余裕や遊び心は見られない。75分間、重苦しくてシリアスなコンセプトがアルバムに通底しているかのようだ。 今回はひとつの節目でもあるし、そんなコンセプトのほうを重んじているであろうバンド側の思いが伝わってきた。あえて逆説的にとらえるならば、このこと自体が新たなロック的挑戦であったといえるのかもしれません。 ![]() ![]() Mr.color66(デイトナグリーン)+同1(ホワイト)少々+Finisher'sミディアムイエロー
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